首都プラハ
州庁所在地:首都プラハ
州知事: パヴェル・ベーム
総面積:496平方キロメートル
人口:1164108人

州の特徴:プラハの存在は特殊である。−チェコの共和国の首都であり、大統領府をはじめ国の機関が集中し、文化と交通の中心である。また、866ヘクタールに集約する歴史的街並は1992年以来、ユネスコの世界遺産に登録されている。
歴史上の主な出来事:プラハはチェコ民族及びチェコ国内においてだけでなくヨーロッパの歴史においても重要な役割を担ってきた。プラハは古の商業が交わる往来として発展し、様々な政治権力や王朝においての関心事であり、様々な人々の精神や文化が交わり、そして当時のヨーロッパ発展の活力であった。多くの歴史上のチェコ全土で起った出来事は少なからずプラハと関連することばかりであったと言っても良い。以下に主なプラハでの歴史上の出来事をあげてみた。
- 870年頃、プラハ城が築かれる。
- 10世紀頃、プラハ城のヴルタヴァ川を挟んだ対岸にヴィシェフラトが築かれる。
- 1085年、チェコの最初の王ヴラチスラヴァ一世がプラハに居を構える。
- 1344年、プラハが司教区から大司教区に格上げになる。聖ヴィート教会の建築が始まる。(1929年終了)
- 1346年〜1378年、カレル四世時代。−プラハはボヘミア王国及び神聖ローマ帝国の首都となる。
- 1948年、中央ヨーロッパ初の大学が設立される。(カレル大学)
- 1419年〜1437年、教会改革に関する聖職者の運動がフス派の宗教革命運動に発展する。(ヤン・フス−改革派宣教師、殉教者)
- 1583年〜1611年、ルドルフ二世がボヘミア王に戴冠する。プラハは神聖ローマ帝国皇帝の御所、社会文化の中心として栄える。
- 1784年〜1848年、チェコ民族復権運動の時代。オーストリア・ハンガリー帝国のもとチェコの役所が設立される。産業革命が始まる。
- 1918年、チェコスロバキアが独立を宣言し、プラハが首都となる。
- 1939年〜1945年、ナチスドイツの占領下となる。
- 1945年、プラハ蜂起が起こる。連合軍によって解放される。
- 1948年、2月騒乱の後、チェコ共産党が権力を握る。
- 1968年、プラハの春が起こる。−人民主体の社会主義体制に対して、ワルシャワ条約機構の五ヵ国が干渉する。
- 1989年、ビロード革命が起こる。ヴァーツラフ・ハヴェルが大統領に選出される。
- 1993年1月1日、チェコスロバキア連邦からチェコが独立する。
- 1993年1月26日、ヴァーツラフ・ハヴェルが初代チェコ共和国の大統領に選出される。
- 1999年3月12日、北大西洋条約機構に加盟する。
主要な文化財:
プラハの歴史地区がユネスコの世界遺産に登録されている。
プラハ城内の歴史的財産:
聖ヴィート大聖堂、旧王宮、聖イジー礼拝堂、聖イジー教会、プラハ城絵画殿、ロブコヴィッツ宮殿、ミフルカ火薬塔、黄金の小道、アン王女夏宮、球技場、プラハ城入城道、プラハ城庭園
旧市街広場、旧市街役所及び天文時計、カレル橋、小地区側橋門塔、旧市街側橋門塔、新旧シナゴーグ、ユダヤ人古墓地、ユダヤ博物館及びシナゴーグ、ストラホフ修道院、ペトシーン展望台、ペトシーン鏡の迷路、聖ミクラーシュ教会、勝利の聖母マリア教会(幼児キリスト像)、ヴァルトシュタイン教会、プラハ城下の宮殿庭園、クレメンティヌム、神の母教会、ティーン宮殿中庭の税関跡、火薬塔、市民会館、ベトレーム礼拝堂、スタホフ劇場、ルドルフィヌム(芸術家の家)、国民劇場、国民博物館、カロリヌム、新市街庁舎、聖ヴァーツラフ像、ヤン・ジシュカ像、ブジェノフ修道院、産業宮殿
主な自然環境:
プラハの公園−総面積870ヘクタール
代表的な公園は、すでにプシェミスル家のオタカル二世統治の時代には存在していた、95ヘクタールに広がる王室保護林とペトシーン公園である。ペトシーン公園には、ロプコヴィツ庭園、ネボズィーゼク庭園、ばら公園、展望台のある公園、神学校庭園が含まれる。
プラハ城の庭園:
1534年に造園された王室庭園、南側庭園には“天国庭園”、“ハルチゴフ庭園”、“堡塁側庭園”、その他には、“城壁側庭園”、“塔城路側段状庭園”、“鹿の谷”、マサリク眺望台など。
バランドフ段丘
考古学上、化石が豊富で重要な地域。プロコプ谷は740ヘクタールに広がり、独特な自然地形を持っている。
観光スポット:
プラハはヨーロッパ中切っての観光都市である。チェコを訪れる観光客の80%はプラハを訪れる。この大きな観光客の数は、今なお発展するプラハの都市開発にも影響を与えている。特に1989年以降(ビロード革命後)は、多くのホテル及びレストランが開業し、地元の人々だけでなく観光客にも向けられている新しいギャラリー、博物館、劇場ができ、多くの旅行代理店などの観光産業が起こった。首都プラハ市は、プラハの観光インフォメーションやその他観光に関するサービスを提供する、プラハ・インフォメーション・サービスを設立した。現在、街の中心にある4箇所のインフォメーション・センター、電話サービス及びウェブ・ページにてサービスを提供している。
街の中心である歴史地区はユネスコの世界遺産に登録されている。ロマン様式礼拝堂をはじめ、ゴシック様式の大聖堂、ルネサンス様式の宮殿、豪華なバロック様式、ロココ様式、古典様式、新ルネサンス様式、アール・ヌーボ様式、そしてキュービズムまで、街中にはあらゆる建築様式が現在なお存在する。そして、忘れてはならないのが、20世紀前半および現代を代表する独特の建築もある。
日本との関係:
姉妹都市宣言調印後のプラハ及び京都の共同文化事業
1996年4月15日、プラハ及び京都の両代表者が姉妹都市盟約に調印した。
1996年−姉妹都市盟約を記念して、京都からの芸術家主体で、プラハ及び京都の両都市の支援のもと、「京都−プラハ フレンドシップ・フェスティバル」が1996年11月15日から18日にかけてプラハで行われた。
当フェスティバルは期間中4000人の観客を集め、大盛況であった。
首都プラハ市はこのフェスティバルで開催者と協力して、フェスティバルのオープニングや、その他の行事に参加するチェコ文化のプログラムのアレンジを行った。
1997年/1998年−相互文化交流
プラハ市及び京都市役所の文化部門が開催した行事:
1997年10月24日〜28日、京都にてプラハ文化週間開催
プラハの文化が、京都祭り及び京都音楽祭にて紹介される。プラハの文化は大きな反響を呼び、多くの訪問客を集めた。
1998年9月2日〜6日、プラハにて京都文化週間開催
魅力に溢れていて興味深い、京都の伝統文化の紹介行事が行われ、地元6000人の訪問客を集めた。
両行事では、公式外交行事(記者会見、晩餐会等)、一般公開文化行事(展覧会、コンサート、演劇、舞踏など)、および行事参加者のための行事(市内観光、パーティー等)が行われ、成功を納めた。文化行事は計画通りに開催され、芸術的水準が高く、友好的な環境の中、双方の文化紹介を滞りなく行うことができた。
文化交流は姉妹都市盟約を文化分野において全うし、両都市の今後の文化関係の発展に貢献したのみならず、両都市の芸術家、市民、機関の関係の密接化にも貢献した。
2002年―プラハにおける日本週間(京都の芸術家も参加)
2002年、財団法人国際親善協会が主催する第27回ジャパン・ウィークのホスト都市として、プラハ市は共同開催した。プラハ市で2002年度の最大の文化行事となったジャパン・ウィークは、2002年11月5日から10日にかけて行われた。日本各都市から様々な分野のプロ・アマ1500人のアーティストが参加し、日本の伝統芸術を紹介した。開会セレモニーは京都代表が行った。京都からのアーティストは、すばらしい公演を、2002年11月5日にヴィノフラディ劇場でプラハ市民に披露した。その他京都からのアーティストは、その後のプログラムにも参加した。
プラハにおける第27回ジャパン・ウィークには29000人もの観客を動員した。
お問い合わせ先
プラハ市インフォメーションセンター
ウェブ・ページ: www.praha-mesto.cz,
www.pis.cz
広報部
Marianske nam. 2
11001 Praha 1
電話: +420 236 001 111
メール: posta@cityofprague.cz
ウェブ・ページ: www.praha-mesto.cz
ヤン・シュラーメク
プラハ市役所広報部
Magistr疸 hl. m. Prahy
Marianske nam. 2
110 01 Praha 1
電話:+420 236 002 856
メール:jan.sramek@cityofprague.cz
|