
EXPO and the CR
1967年 モントリオールモントリオールで我が国は、建築家ミロスラフ・ジェピ氏とヴラヂミル・ピーハ氏によるパビリオンを出展した。 レンガに覆われ窓のないパビリオン全体を、四隅の柱で支えられていて、全く建築要素が目立たないガラス張りの地上階と強いコントラストを生み出していた。2階建てのパビリオンは、風変わりに配置された中庭を備えていた。 モントリオールでの芸術作品の展示及びその他の関連行事には、もちろん、ブリュッセル万博で大成功を収めたアーティスト達も参加していた。ラテルナ・マギカ劇場による「箱からのレヴュー」は、多い日には、1日15回の上演が行われた。ヨゼフ・スヴォボダ氏とエミル・ラドク氏は、ブリュッセルに引き続き「ポリヴィジョン」と「ディアポリクラーン」の展示を行った。そして、モントリオールでは、世界初、自動映画館が披露された。これは世界で最初のインタラクティヴな映画ショーであった。映画の上映中にどのように映画が進行するかヴァリエーションの中から選択できるというラドゥース・チンチェラによるアイデアであった。この映画の主人公はミロスラフ・ホルニーチェクで、彼はスクリーンから観客を見下ろすだけで無く、直接、観客とやり取りをした。 モントリオール万博でのチェコスロヴァキア政府代表はミロスラフ・ガルシュカ氏であった。 チェコスロヴァキアパビリオンの入場者数は、今日のチェコ共和国の人口の5分の4にあたる8百万人という信じがたい数であった。 出典:「万国博覧会─1851年ロンドン万博から2000年ハノーヴァー万博まで」ヤロスラフ・ハラダ氏、ミラン・フラヴィチュカ氏著、2000年LIBRI出版 |
|
