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natures wisdom - the main theme of the world exposition, Aichi
       
EXPO 2005 CR

EXPO and the CREXPO and the CR

1922年〜1923年 リオデジャネイロ

1922年9月7日から1923年7月31日にかけて、ブラジル建国100周年を記念して(1822年9月7日、宗主国ポルトガルがブラジル帝国の独立を宣言した)、ブラジル建国100周年国際博覧会が開催された。まだ建国間も無いチェコスロヴァキアは参加に躊躇は無かった。エドヴァルド・ベネシュ政権は、プロエクスポート政策の枠組みにおいて、我が国の輸出事情を鑑みて大いに有望な地域と見られる、この海を隔てた遠方の国で行われるイベントに投資した。他方では、国際展示会の分野での経験を積むと言う、博覧会への参加を支援している工業商業省の思わくが働いていた。スムーズな博覧会への参加への進行の功績は、ブラジル公使ヤン・ハヴラサ氏によるところが大きかった。さらに、同氏の働き掛けによって、グスタヴォ・バロッソ氏がチェコスロヴァキアについての本「Coracao da Europa(ヨーロッパの心臓)」を執筆し、ハヴラサ氏の苦労の甲斐があって、博覧会開催前の1922年8月に出版された。チェコスロヴァキアパビリオンの設計はパヴェル・ヤナーク教授によってなされた。多様に装飾され、低い隅棟のある天井で600?の広さを持つパビリオンには、ロンドキュビズムの影響がうかがわれる。この博覧会のチェコスロヴァキア政府代表には、J.トゥルノフスキー氏が任命され、博覧会の期間中、当時のブラジル連邦共和国の首都であったリオデジャネイロにおいて、通商事務所の運営にあたった。60ものチェコスロヴァキアの展示者がこの南アメリカでの博覧会に参加した。チェコの磁器メーカーの老舗、ホルニー・スラフコフのHaas & Czjzek社は、博覧会委員会より、グランプリを受賞した。

ヤロスラフ・ハラダ